チャップリンの映画を観たことがなかったので、一作は観てみようということで、評価の高かった本作品を鑑賞しました。

1931年にアメリカで公開され、白黒映画、BGMはありますが、声がありません。

戦前に作られたものということですが、クオリティが非常に高いと思いました。
あまり時代性を感じさせず、その笑いは今でも通用する。

むしろ、現代の笑いの原点とも言えるような、100年近くも前から人を笑わせる術はこんなにも先端を行っていたのかと驚かされます。

冒頭、映画のつかみのところで、いきなりチャップリンのふざけたパフォーマンスから、観る人の笑いを誘い、ユーモアの世界に惹き込みます。

本作は、チャップリン演じる浮浪者が、街で偶然出会った盲目の女性に恋をしてしまうお話です。

チャップリンは、お世辞にも異性に受けるとは言い難い容姿です。
身長は低く、独特の歩き方で、また性格もひねくれたところがある。

おそらくは本人もそれを自覚していて、自分には素敵なロマンスは訪れないのではないかと日々不満に思っているのではないかと推察します。

そんな中で出会った、盲目の美しい女性。

彼女は花を売っており、チャップリンはその可憐な姿に一目惚れしてしまうわけですが、やはり見栄っ張りのチャップリン、素直に自分自身を表現することはできません。

とにかく自分を良く見せようと、街中にあるものはなんでも利用します。

チャップリンが花売りの女性から水をかけられるシーンはそれを揶揄するかのようで、笑うに笑えないです。

そんな折、彼は酔っ払いの富豪と知り合いになります。
その酔っ払いは、人生に悲観したのか、入水自殺を試みています。

ついそれを目にしてしまったチャップリン、彼はそんな男性の悲劇の結末を見過ごすことができず、助けに入ります。

しかしそこはチャップリン、助けようとしたつもりが自分が海に落ちてしまい、また自殺しようとした男性も海に落ち、彼を助けようとしたらまた一方が海に落ち……と繰り返します。

もはや死どころではありません。
死という重いテーマを、笑いによって相対化する。

すでにこんな時代からユーモアは力を持っていたのですね。

そこに着目していたチャップリンの先見の明は素晴らしいです。

時代からして、当時の英国人、ひいては世界中の人々は、決して誰もが幸福な人生を送っていたわけではないと思います。

そこには、この富豪の男性が死のうとしたように、様々な悲哀もあることでしょう。
それを、チャップリンは笑いに変えようとした。

この映画を観ていた当時の人は何を感じたのでしょうね。

そして、チャップリンが助けた男性は、自分の命の恩人だとして、贅の限りを尽くしてチャップリンと遊び回ります。

チャップリンはそれを楽しんでいるようでいて、しかし楽しみきれていない。

そう、盲目の女性のことが気になっているのです。

彼女のために、友人となった富豪の男性から車を拝借し、また時にはお金を借り、彼女を支援しようとします。

盲目の女性はとても貧しい家庭でした。

チャップリンはぜひ彼女の苦境を助けたいと思うものの、しかしついに彼はお金を入手する術を失ってしまいます。

アルバイトを始めるもすぐにクビになり、途方に暮れた彼が飛び込んだのは、ボクシングでした。

ボクシング経験などない(はずです)彼は、試合後にノックアウトされた相手を見て恐れをなし、対戦相手に八百長を申し込みます。

しかし本気の戦いを求める相手はそれをはねのけ、とうとうチャップリンはリングの上に立たされてしまいます。

この映画において、私が一番笑ったのはこのボクシングのシーンでした。
もうお腹が痛くなるほど笑いました。